愛されたいという感情
某王子の、『本当に大切なものは目に見えない』という有名な言葉がある。
私はこの"本当に大切なもの"が何を指すのか、探している途中。
その中で、それは愛をさしているという考察を目にする。
たしかに、好き・嫌いなどの感情は顔に出てしまう人もいるけれど、多くの人はそれをうまく隠している。そして、目で確認することはできない。
なんで隠せるんだろう?
などと疑問は次から次に出てくる。
いつまで経っても答えの出てこない問題が次々と出てくる。
暇になると考えることが多くなる。
意味のないことを考えるのは好きだ。
暇でありたい。
暇でいい。お金持ちになりたい。でも具体的にお金を持ったらなにをするか。家を買って〜、車を買って〜、家族にも友達にもお金を配って〜、旅行して〜などなど出てくるだろう。それは今できないのかな?いつかお金が出てくるのを待つのでは無く、自分自身で得る努力をする。そして、宝くじも買う。5億当たりますように。
話を戻そう。
バラのように王子に冷たくしても、せっせと世話をやかれ、愛されるというのはとても羨ましく感じる。
私は愛されたい、愛される価値のある人間だと思ってる。それはもちろん、他の人たちも同様に。
そして、その反対として、私は嫌われるし、嫌う価値のある人間とも思っている。
100人いたら100人に愛されたいとは思わない。
自分を嫌う感情を知り、愛してくれた感情の尊さを知る。
その価値観は持っていたい。
全ての人間に愛される必要はない。そんなものは目に見えないのだから。